LONDON to CAIRO 自転車の旅 1982/8/24~9/5

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CAIRO
8/25
夜行でルクソーに行こうと思っている。昼間は昨日あった日本人と一緒にカイロの街をずっと歩いていた。だんだんカイロという街が面白くなってきた。人口はなんと600万人というからすごい。さて、電車ののりかたがわからない。うろうろしていると、あるカイロ大学の人がずっと世話をしてくれた。おかげでずっと座ってルクソーまで行けた。
8/26
 ルクソーの駅で3人の(オーストラリア人、イタリア人、イギリス人)と一緒になる。エルサレムホテルというところに1ポンドで部屋を取る。東岸を彼らと一緒に見てまわった。

8/27
 彼らと一緒にロバを頼む、全部で3.75ポンド。おかげで初めてロバに乗ることができた。王家の谷は僕にとってはあまり興味をひくところではなかったが、ルクソーまできて、これを見ないとは全くきたかいがないように考える一般の観光客の考え方に同調して暑い中がんばって見て回った。

8/28
 もう一人の日本人と一緒にバスでアスワンへ行く(2ポンド)。アスワンからはボートにのろうと、ボートをチャーターするために人を集めようとしたが、あまりうまくいかなかった。でも、いずれにしても20ポンドもだせばのれるみたいだ。

8/29
 一人でアスワンハイダムへ行く。日本のダムとは全く違い、落差がほとんどない。くる途中で列車のエンジンが火をふいて、20分ぐらいとまった。夕方お土産の敷物を買う。

8/30
 6時ボートに乗る。エドフに向かうが、昼1時ごろまで近くで休んで動かない。おまけに近くの子供たちがきて、はやしたてる。あの元気のよさにはついていけない。あれでは気違いだ。夜遅くまで走って、エドフの近くまできてしまった。

8/31
 エドフには朝早くつく。15ポンドとチップを1ポンド払った。エドフにはひとつだけ大きなテンプルがのこっている。土の下に埋もれていたとかであまり壊れていない。タクシーでLuxorへ行く、一人1.25ポンドで100Km以上走る。なんと安い。Luxorでブラックマーケットでお金50ドルかえる。47.5ポンドになる。なんとなくみんなで3等にのることになった。ひどいところだった。それでも席をとれただけよかった。700K以上を0.75ポンドとこれまた安い。カイロではYHに泊まる。

9/1
 YHで日本人2人に会う。2人ともかなり、きつい旅をしているようだ。朝、そのうちの1人と日本大使館にいく、順ちゃんからの手紙が来ていた。Chamonix以来だ。駅の方へ行く。列車にのろうと、またうろうろしていると、またあのカイロ大学のツーリストフレンドに会った。おかげで2等の冷房車に乗れた。列車の中で弁護士だというおじさんにランチをごちそうになった。こんな高いものを食べるのはエジプトでは初めてだ。2ポンドぐらいしたと思う。アレクサンドリアはエジプトの中ではきれいなところだ。久しぶりに海を見た。YHに行くが、いっぱいらしい。ほかをいろいろ探した末、4ポンドの寝るだけのホテルが見つかった。でもかなり高い。

9/2
 朝すぐYHに行くが、まだいっぱいみたいだ。なんということだ。名前をかいてキャンセル待ちにした。また1時にくることになった。ここにきて、やっとくつろげるところが見つかった。海を見ながらジュースを飲んでまわりにはあまり人はいない。YHはなんとか取れた。がたいへんきたないところだ。シーツぐらいはきれいなものがほしい。昨日の夜、油断して寝たためか、風邪をひいたみたいだ。悪くならなければいいが。
 海沿いを歩いたり、街を歩いたりして、夜まですごす。スタミナをつけて風邪を追い払おうと2.6ポンドでチキン、スープ、スパゲッティ、ポテト、サラダと食べる。YHからは屋外劇場がちょうど見えて、なんだかわからない劇や音楽をやっている。

9/3
 風邪がひどくなってしまったので、薬をかって静かにしている。朝方は海沿いのレストランで紅茶とかジュースを飲みながらアガサクリスティの本を読んだりしていた。昼からはずっと寝ていた。エジプトの大学生は日本とか日本人にかなりのあこがれをもっているようで、ほかのヨーロッパからきた人たちとは全然違う扱いをする。もっともイギリス人は嫌われるのはあたりまえだが。
僕は日本人だということで、いろんな質問攻めにあい頭が痛かった。

9/4
 エジプト人と一緒にカイロまでくる。YHにくるバスにのせてもらって、別れた。CAIROのYHにくるのはこれで何度目だろう。自転車はちゃんとあった。エジプトは貧しいところだが、泥棒は少ない。自転車をほっておいてもYHの人もあまり気にしていなかったようだ。
 エジプトにはWINPYがある。イギリスのハンバーガー屋だ。でもサービスつきという、ちょっとしたレストラン。エジプトできれいなところで、あまり高くないといったらまずここだ。カイロに何軒かある。冷房がきいているというのもうれしい。

9/5
 ついに最後の日。
 昨日の夜はYHで会ったあきおという日本人と3時ごろまで話していた。Airportまでは20Kぐらい。夕方の6時につく。出国税はとられなかった。そこでついにビールを1.75ポンドで飲んでみた。2本飲んだ。免税店ではエジプトポンドが使えないということで、空港であった日本人の大学生がポンドをたくさん余らせてしまったということでたいへん困っていた。なにしろエジプトのお金は外ではあまり通用しないのだ。

 一番よかったのはどこだ。ときかれれば、それはパリでもなくローマでもアテネでもない。それはやはり、アップダウンの激しい道やアルプスの峠をのぼる道、下る道が最も印象的だったといえるだろう。そして、同時に最もよかったところなのである。
 僕は自分の通ってきた道をすべて見てきた。道のそばでせんたくをしているおばさん。くだものを売っている人、農作業をしている人など、数多くの人たちに手をふってあいさつした。今考えてみれば何か不思議な気がする。みんな笑顔であいさつをしてくれた。
 自転車をおりると、世界中をみてやろうと躍起になっている世界中のバックパッカーに会った。その数は大変なものだ。きょうはこの街、次はこの街と、ピョンピョンとウサギのようにはねて飛んでいくような旅は、僕のようなサイクリストから考えると何かさみしいような気がする。
 僕は僕の走ってきた道を全部見てきた。すべての街を見てきた。
もうこれで海外サイクリングは終わりだ。まだ走ってみたいところはいっぱいあるが、そんなに自分勝手なことばかりしているわけにはいかない。これで終わりにしよう。
 今までほとんどけがもしないで病気にもかからず、自動車にもぶつからないで、走ってこれたのは、大変ラッキーだった。こういうときは何に感謝したらよいのだろうか。







【カルナック神殿】

【ルクソー神殿】

【王家の谷】


【最後の日 YHの近くで】

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