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海外生産スケジューラ事情-2

インドネシアにおける日系製造業のIT事情(2):
インドネシアの特殊事情とどう付き合うべきか? 

インドネシアに工場を持つ、日系製造業のIT事情とは? 中国に3年、タイに3年駐在した経験のある筆者が、それらの国と比較したインドネシア特有のIT導入の実態について現地からレポート。

第2回では、プロジェクト現場における日本人マネジャーと現地スタッフとのギャップや、インドネシア特有の
ローカルスピードなどについて取り上げる。
*本記事は、製造業のための製品・サービス情報サイト『Tech Factory』に連載中です。
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ジャカルタの交通渋滞とつながらないインターネット ジャカルタの交通渋滞はとにかく殺人的だ――。 特に筆者のようにジャカルタから郊外の工場区まで、名ばかりの高速道路を使って顧客訪問する身にはつらい。 多くの家族を持つ工場の日本人駐在員も朝早くに自宅を出て、夜遅くに帰宅する毎日だ。片道数十キロで3時間以上通勤にかかる。 おのずと移動の車内は仕事の場と変わるのだが、これがまたいけない。モバイルWi-Fiを利用しても十分なスピードが出ない上、 帰宅時にはインドネシア従業員がモバイル端末でバイクタクシーを一斉に呼ぶものだから通信回線も安定しない。 道路上でよく見掛ける警察車両に先導されて、無理やり他車を押しのけていくような方法でもあれば別なのだが……。

情報コンプライアンスという暴力 先日、インドネシアで工場経営を始めて約40年という老舗日系企業の工場にお邪魔した。社名を出せば誰もが知っている有名企業だ。アスプローバ(当社)のシステムは、顧客の基幹システム導入が落ち着いたタイミングで検討してもらえることが多く、昨年(2017年)日本本社の指示で導入したというERP(Enterprise Resources Planning:企業資源計画)の状況をヒアリングしに訪問したのだ。 工場長は開口一番、「長い歴史を持つ工場で、以前のシステムではデータに狂いもなく、ERPも予定通りカットオーバーできると考えていたが、話が違った」と言うのだ。  
優秀なスタッフであっても新規システムにまだ慣れていないのだという。工場長自身は「日本本社からの指示だから仕方がない」というが、どうしても「目的」と「手段」を間違えているように思えてならない。以前赴任していたタイでの出来事だが、長い間勤めてきた優秀なスタッフの努力によって、MRP(Materials Requirements Planning:資材所要量計画)が機能していた工場でも、「新しいシステムが日本からの指示で入るので、生産スケジューラの導入は焦眉(しょうび)ではあるが待ってほしい」との依頼を受けた経験がある。本社意向で統一したシステムにより、改ざんのない財務情報をチェックしたいとの目的は理解できるが、果たして安定したシステムを変えるほどの価値があるのだろうか? 万一、新システムで生産の効率化が図れなかった場合は誰が責任を取るのだろうか?

 

日本人管理者とインドネシアスタッフ 実際のプロジェクト現場において、過去担当した中国やタイのお客さまと比較すると、インドネシアの日系製造業の場合、日本人マネジャーと現地スタッフの理解度のギャップが大きいように感じる。 具体的にいえば、日本人マネジャーはインドネシア工場の現状を理解しておらず、日本の工場における管理レベルを「現地でも」と夢見ている。当社製品の場合、実際の顧客データをお借りして、購入前に検証デモを必ず実施しているが、この活動を1年以上続けてきた経験からすると、実際のマスターデータを提供してくれる顧客は10社に1社、現状の生産計画の運用やその問題点、新システムに対する要件を定義できる顧客は皆無といってよい。このような環境の中で、プロジェクトを成功に導くには困難を極めるわけだが、顧客にとっては別のメリットがある。それは、当該プロジェクトにおける日本人管理者とインドネシア人担当者とのコミュニケーションが密になることである。

悪質な現地パートナー 当社の現地パートナーの中にも、「これはどうなのか?」というケースがあった。生産管理に詳しい現地SEが少ない中、法外な費用や 冗長なプロジェクトを推進する企業が見受けられる。顧客からすると、現地での選択肢が少ないというのが現状だと思うが、少し高くても、信用のおける会社を選択した方がよい。現地価格で費用を抑えたところで、システムが動かなければ、お金を無駄にしたのと同じ。最悪、そのシステムを捨てて、再度新しいシステムを検討しなくてはならなくなる。インドネシア企業であれ、日系企業かつインドネシアで歴史を持つIT企業であれ、十分な事前調査が不可欠だ。その際、規模や操業年数だけでなく、その会社の従業員の定着率がどれくらいかを調査することも忘れてはならない。

合同軍という名のプロジェクト インドネシアでは、ハードウェアからソフトウェア、インフラ構築からアプリケーションシステムの導入まで、トータルでサービス提供できる企業はない。おのずと合同軍で顧客の要件に対応することになるが、顧客としては元締めになる会社の信用度と責任範囲を事前に調査、決定しておかなければならない。 通常、大手企業がその体力とプロジェクト経験からそれを担うこととなるが、その分プロジェクト管理費が乗っかってくる。これも保険と割り切るか? 必要経費であるのか?を顧客のトップが決断しなければならない。不十分な体制のままカットオーバにのぞむと、トラブルのたびに責任の所在をたらい回しにされる危険がある。

ローカル情報システム要員の育成 日本の大手企業のマザー工場などにお邪魔すると、多くのアジア人がリーダとして教育を受けている。しかし、情報システム系の要員でそうした例を見掛ける機会は極めて少ない。下手に日本で教育して、IT業界で売り手市場のSEとなり、より給料の高い企業に転職されては困る……という不安も分かるが、諦めず、優秀な人材を育成する必要がある。先日、日本で6年間修業した経験のあるインドネシア人の友人と会話をしたが、彼も「欧米企業と比較すると、日本のローカルマネジャーに支払われる給与の水準は低い。せっかくの日本研修が他社の教育機関と化してしまっている」と嘆いていた。日本本社採用で、インドネシア駐在という形もあるのだろうが、この場合は本人が日本とインドネシアの両国で税金を支払わなくてはならず、納得が得られない。

なかなか進まないプロジェクト インドネシアにおける日系製造業のIT事情
インドネシアという国の特徴なのだろうか、導入プロジェクトが始まってもなかなかスケジュール通りに進まないのだ。日本のプロジェクトで週1回の訪問であるところ、インドネシアでは月1回になってしまう。顧客が必要なデータをそろえられないためだが、あくまでローカルスピードとして覚悟するしかない。その間、ラマダン月(断食月)が入ると、さらに遅れを覚悟する必要がある。ラマダン前は生産そのものの作りだめで顧客が忙しいし、ラマダン期間は当然効率が落ちる。おまけにラマダン明けのレバランでは1週間以上の休みとなってしまう。実質1カ月以上、プロジェクトが止まってしまうのだ。

多くの日系企業が、システム導入の決定をレバラン明けにするのも理解できる。
1カ月以上も間が空いた上に、ローカル担当者が辞めることも多いのが、この国のこの期間の特徴といえる。そうなってしまうと、「プロジェクトをリセット!」という事態に陥ってしまうかもしれない。

つながらない業務とシステム 実際、プロジェクトを進めていくと、いかに既存業務自体に連続性がなく、重複作業も多く、非効率的であるかが分かる。 例えば、生産計画業務自体をとっても、日程計画と工程計画を別人が立てており、リンクしていない。日程計画者は、月次計画から日々に製品別生産台数を割り振っているだけで、工程計画の観点からその計画が予定通り遂行できるかどうか考慮していない。結果、作り過ぎや納期遅れが頻発している。

 大手企業から転職してきた中小企業の工場責任者は決まり文句のように、「当工場の見える化を実現したいのだが」と言ってくる。 しかし、トータルシステムの導入によりそれを実現しようにも、現業務自体が分断化、属人化している状況では、何よりもまず業務フローから見直さなければならない。もし、それが奇跡的に実現できたとしても、新しい業務手順にインドネシアスタッフが慣れるのには長い時間がかかる。同時に、業務マニュアルやフローもしっかりと整備しておく必要がある。それを怠ると、担当者が転職した時点でアウトとなる。

段階的なシステム化の提案 このような状況から、インドネシアの生産管理システム化には段階を踏む必要があることが分かる。在庫管理から製造実績管理へ、さらには材料手配から生産計画へと進めていく必要があるが、あくまで、最終的なトータルシステムを見越しての段階導入でないとシステム自体も分断化されてしまう。
最終的に原価管理まで行き着くには、3年ほどかかるので、それまで財務管理システムと生産管理システムは切り離された状態でも仕方がない。「ERPをビックバン導入で」というのは、長い歴史を持った工場でないと夢のまた夢の話だ。

次回は、ユーザー視点からだけでなく、実際にインドネシアで活動しているシステム会社の事情などを紹介する。(次回に続く)
*本記事は、製造業のための製品・サービス情報サイト『Tech Factory』に連載中です。
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アスプローバ株式会社 副社長 藤井賢一郎
日本国内・アジア域で500社以上の製造業に生産スケジューラを導入するプロジェクトに関わる。
ここ10年は中国・タイ・インドネシアとアジア各国に駐在し、ビジネスを拡大。
生産管理・生産スケジューラに関わる複数著書がある。
アスプローバ副社長の藤井のアジア現地での経験、ノウハウがつまった1冊。
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