複雑系メタファ

小さな世界から宇宙まで大胆に仮説する訓練が思いがけない発想を生む。同じように、サプライチェーンもモデルをメタファすることで、創造的設計が可能になる。


 複雑系科学は、現象のモデル化をメタファ(比喩)によって容易にする。組織である企業や産業を、生命現象でメタファしてみると理解しやすいように、サプライチェーンの動きもハイキングや軍隊の行進に喩えることで理解しやすくなる。さらに、電車や航空機のフライトにおける乗り継ぎとダイヤ編成の同期化もメタファとして利用できる。
 たとえばエレベータの動きは、ボタンを押して呼び、乗り込んで行先のフロアのボタンを押して駆動系が動き出す。このことは、実需によってサプライチェーンのオペレーションが始まる受注生産(メイクツーオーダー)と同じことだといえる。回転寿司は、VMI(ベンダーマネージドインベントリー:ベンダー管理在庫)またはCRP(連続的補充計画)というスタイルのジャストインタイムである。
 時間帯別の列車のダイヤ編成は、日時の時間帯別の需要予測に基づく見込生産である。乗り継ぎにおける電車、モノレール、フライトが同期化されていれば、待ち時間(仕掛在庫)がなくリードタイムは最短になり、より多くの乗客(スループット)が移動できる。試作から量産への立上げで段階的に生産量を増やすのは、幼児に行進の訓練をさせることに似ている。あるいは新兵の隊列行進のようなもので、ドラムやラッパでリズムをとって行進の速度(スループット)を合わせるのは、サプライチェーンのオペレーションでボトルネックになっているものの速度に歩調を合わせるのと同じことである。つまり、ボトルネックが発生しないように、さまざまな手段で能力を上げるようにするのと同じである。
 このように、メタファでモデリングをする訓練をしておくと、コンピュータでシミュレーションするモデルの発想が容易になるばかりでなく、初めて経験する工場設計や製品加工におけるオペレーションシステムの設計でも、アイデアが生まれやすくなる。複雑系のメタファは、小さな世界から宇宙まで大胆に仮説することで、それが思いがけない発想を生むことも多い。たとえば、散逸構造モデルは、燃焼における炎や水の流れ、物質の相転移、生命、宇宙のビッグバンまでのメタファで、そのモデルを発想するアイデアを提供する。このようにサプライチェーンも、各プロセスを自律性をもったエージェントとしてモデル化することで、同期化が進化し、スループットを上げ続ける現象を理解することができるようになる。
 近代の合理的科学に慣れ親しんだ秀才の頭脳は、このようなメタファを宗教的とかたずけてしまう傾向がある。ところが、米国のサンタフェ研究所はノーベル賞級の物理学者やコンピュータサイエンスの大家によるモデリングの基本はメタファにあると説いている。
 やや偶像化されたストーリとしても、ニュートンが「りんごが落ちる」のと「宇宙の惑星の運行」の力学モデルを開発したのもメタファであった。